1月22日(土)「新エネルギー製品展」を見て感じたこと
県内企業の「新エネルギー・省エネルギー製品展」を見てきました。
私は10年以上新エネルギーに携わっていますが、この県はいつまでこうしたやり方を続けるのだろうと疑問に感じました。
10年前も今も「県民の皆さん、こんな良いものがあります。
家を建てるようなときはぜひご検討ください。」の域を出ていないからです。
自治体の役割は地域企業への波及効果が高いものから積極導入を図り、製品単価の下落に合わせて庶民生活への普及を図るというのが本筋です。
こうした会場に、この優秀な技術は県のこのような分野で積極的に採用していますという実績の表明が全くなく、寂しい限りです。
軽工業しかなかった日本で製鉄が官営として出発したように、石油から脱石油への流れは、まず自治体や行政が積極的に始めなくてはなりません。
様々な新エネルギー展で10年たっても今なお、自治体の熱意や実績のブースが無く、ただの技術の紹介と「こども工作教室」の開催で終わってしまい、残念でなりません。
本当に良いと感じているなら、自治体よ率先して大量導入を図れ!それしか産業の転換と新規雇用の拡大は始まらない。
《写真》:家庭用ペレットストーブの展示です。家庭向けはストーブのPRでOKです。しかしむしろ今求められているのは、自治体や工場、事務所が空調用のボイラーを木質ペレット型に更新していくことです。このままでは、岐阜県が環境後進県になりそうで、本当に心配です。
1月15日(土)大垣市子ども会凧揚げ大会に参加
やりました、敢闘賞を受賞!しかも、受付が早く若い番号のゼッケンでしたので、何と4年生の部を代表して賞状を受け取らせていただきました。
昨年の無謀なチャレンジを反省し、今年は親子で練習して臨んだ甲斐がありました。
この日は凧揚げにはむしろ強すぎるような風となり、何度も糸が切れ、あわや杭瀬川に落水という危機に2回も見舞われました。
最期は向こう岸深く飛んでいって見えなくなり、肩を落とす息子に閉会式が終わったら2人で探そうと話しました。
しかし本部まで戻ると、役員さんから「はいこれ」と手渡され、びっくり。みてみると軽トラックの中に回収されてきた凧が30以上有り、それぞれの持ち主の子どもに返されているではありませんか。
子どもたちのうれしそうな顔。あんな寒い中、役員の皆様本当にありがとうございました。
《写真》:めいっぱい糸が伸びきり、息子も「首がいたーい」とうれしい悲鳴。しかしこの後、父はひたすら凧を追いかけて悲鳴を上げる事態に。
1月12日(水)「時の未来を考えるワークショップ」第2回を傍聴
時地区の5年後10年後を考えるワークショップもこの日が2回目。
諸事情が重なったにもかかわらず、48名もの参加がありました。
今回はテーマを「温泉の活用」と「定住の促進」の2つに絞り、KJ法の様式で、様々なアイデアを整理。
2回目ということで「ワークショップ形式」にも慣れ、皆さんから本当にたくさんアイデアが出されて、会場の先生もびっくりしておられました。
次回は最終回となり、いよいよこれからの取り組みのまとめとなります。
《写真》:「交流」班は女性パワーが炸裂。模造紙に収まりきらないほどのアイデアが出され、発表にも熱がこもります。
1月10日(月)うれしい紙芝居④
川東(かわひがし)自治会は、上石津地区でも有数の家族交流が盛んな自治会です。
新年会も幼児から高齢者の皆さんまで和気あいあい。
自治会1年間の特集ビデオ(力作!!)の上映やカラオケ、ビンゴゲームなどで大いに盛り上がりました。
私も紙芝居の上演をとお声がかかり、うれしくなってつい2本も(「さるとかに」「いたずらぎつね」)上演させていただきました。
今度はちゃんとマイクセットも準備していきます。ありがとうございました。
《写真》:拍子木の音で始まりと終わりを整えます。
1月9日(日)上石津茶華道協会 初釜で1年をスタート
上石津茶華道協会の皆様が今年も上石津地域事務所2階で初釜を開かれました。
私は青年団の時代に一瞬ふれただけですが、それでも和の伝統には心惹かれるものがあり、毎年お邪魔させていただいています。
年々子どもたちのお手前も増えており、心強い限りです。
慌ただしく1年が始まりましたが、このときばかりは静かなひとときを楽しませていただきました。ありがとうございました。
《写真》:大人に混じり、子どもたちもりりしい所作を披露してくれました。
1月9日(日) 厳寒の中、分列行進も力強く
8:15 上石津町広瀬橋北詰で-3度。
おそらく会場でも氷点下であろうと思われる寒さの中、大垣市消防出初め式が開かれました。
恒例の一斉放水の後、分列行進で団員の力強い姿を拝見。今年も市民の安全安心の要として、どうぞよろしくお願いいたします。
《写真》:画面ではわかりませんが、一斉放水の水を浴びて、大勢の団員がぬれたままでの行進。どうか健康でと祈りました。